
2025年4月24日、アドビはクリエイティブの祭典「Adobe MAX London」にて、Adobe Fireflyの画期的なアップデートを発表しました。これまで画像生成AIとして進化を遂げてきたFireflyが、画像、動画、音声、そして今回新たに追加されたベクター生成までを統合した、オールインワンのAIコンテンツ制作プラットフォームへと大きく舵を切ったのです。このアップデートは、単に新機能が追加されたというだけでなく、アドビが目指すAIを活用したクリエイティブワークフローの未来を指し示すものと言えるでしょう。
今回の注目は、FireflyのWebアプリケーションに「テキストからベクター生成(Text to Vector)」機能が搭載されたことです。これにより、これまでAdobe Illustratorのような専門的なソフトウェアが必要だったベクター画像の作成が、Webブラウザ上で、しかも簡単なプロンプトだけで行えるようになりました。普段Illustratorを愛用している私のようなクリエイターにとって、ベクター画像の利便性は身に染みて理解しているので、この進化は本当に嬉しい限りです。今回のアップデートで、わざわざIllustratorを起動しなくても、アイデアをすぐにベクター形式で試せるようになったのは、制作フローにおいて大きな時間短縮と効率化に繋がると感じています。
このFireflyの進化は、デザインの専門知識がない方々にとっても、自身のアイデアを形にするための強力な追い風となるはずです。AIがデザインの初期段階をサポートすることで、より多くの人々がクリエイティブの楽しさを享受できるようになるでしょう。これは、まさにデザインの民主化と言える動きかもしれません。
デザインの自由度を飛躍させる「ベクター」とは?ラスターとの違いを知ろう

さて、「ベクター画像」と聞いて、具体的にどのようなものかピンとこない方もいらっしゃるかもしれません。ここで、デジタル画像の主要な形式である「ベクター」と「ラスター」の違いについて、簡単にご説明します。この違いを理解することが、Fireflyの新機能の真価を知る鍵となります。
ラスター画像は、ピクセルと呼ばれる小さな色の点の集まりで構成されています。写真や複雑なグラデーションを持つイラストなどがこれにあたり、拡大するとピクセルが目立ち、画像が荒れてしまう(ピクセレーション)という特徴があります。一般的な画像ファイル形式であるJPEGやPNG、GIFなどがラスター形式です。
一方、ベクター画像は、点、線、曲線といった図形情報を数値データ(数式)で記録し、それに基づいてコンピュータが描画する画像形式です 3。このため、どれだけ拡大・縮小しても画質が劣化せず、常に滑らかでクリアな表示が可能です 4。ロゴやアイコン、イラストレーション、タイポグラフィなど、シャープな線や均一な塗りが求められるデザインに適しています。代表的なファイル形式にはSVG、AI、EPSなどがあります。
特徴 | ベクター画像 | ラスター画像 |
構成要素 | 数学的なパス(点、線、曲線) | ピクセル(色の点) |
拡大・縮小 | 画質劣化なし、常にシャープ | 拡大すると画質が劣化し、ピクセルが目立つ |
解像度 | 解像度に依存しない | 解像度に依存する |
編集 | 図形やパス単位で容易に編集可能 | ピクセル単位の編集、図形の再編集は困難 |
ファイルサイズ | 比較的軽量(シンプルなデザインの場合) | 高解像度になるほどファイルサイズが増大 |
主な用途 | ロゴ、アイコン、イラスト、図版、タイポグラフィ | 写真、複雑なグラデーションを持つイラスト、デジタルペイント |
代表的な形式 | SVG, AI, EPS, PDF | JPEG, PNG, GIF, TIFF, BMP |
この表からもわかるように、ベクター画像は特にスケーラビリティ(拡大・縮小耐性)と編集の柔軟性において大きなメリットがあります。例えば、名刺用に作成したロゴを、そのまま巨大な看板広告に使用しても、一切の粗さが出ません。また、後から色や形を少し変更したい場合も、簡単に調整できます。Fireflyでこのベクター画像を生成できるようになったことは、デザインの活用の幅を大きく広げる可能性を秘めているのです。
トンマナをAIに伝える「スタイル参照」機能

Fireflyのベクター生成機能の中でも特に注目したいのが、「スタイル参照」機能です。これは、自分が持っている画像や、Fireflyが提供するギャラリー内の画像を「お手本」としてAIに提示することで、その画像のスタイル(色使い、線の雰囲気、全体的なテイストなど)を反映したベクター画像を生成してくれるというものです。
デザインではトンマナ(トーン&マナー)と呼ばれています。


テキストプロンプトだけでは伝えきれない微妙なニュアンスや、特定のブランドイメージに沿ったデザインを生成したい場合に非常に有効です。例えば、自社の既存のロゴやイラストをスタイル参照として使用すれば、統一感のある新しいベクターアセットを効率的に作成できるでしょう。これは、特にブランドの一貫性を保ちたい企業やクリエイターにとって、時間と労力を大幅に削減できる画期的な機能と言えます。
ただし、アップロードする参照画像については、その使用権限を自身が持っていることを確認する必要があります。著作権や利用規約には十分注意しましょう。
このスタイル参照機能は、言葉だけでは表現しきれない「こんな感じ」という曖昧なイメージをAIに伝えるための強力な架け橋となります。プロンプトだけでは再現が難しい複雑なスタイルや、特定のアーティストの作風を学習させたい(もちろん権利関係はクリアした上で)といった高度な要求にも応えてくれる可能性を秘めています。
プロンプトと各種コントロールで、理想のベクターを形に
FireflyのWebアプリでベクター画像を生成する際には、テキストプロンプトに加えて、いくつかのコントロール機能を使って、より細かく結果を調整することができます 9。
まず、「コンテンツタイプ」では、「被写体(Subject)」か「シーン(Scene)」かを選択できます。「被写体」は、特定のオブジェクトやキャラクターに焦点を当てたシンプルなベクター画像を生成するのに適しており、アイコンやロゴのアイデア出しに役立ちそうです。「シーン」は、より複雑な背景や複数の要素を含むイラストレーションを生成する場合に選択します。
次に、「エフェクト」では、「ミニマリズム」や「3D」といったプリセットされたスタイルを適用できます 9。これにより、手軽に異なるテイストのベクター画像を試すことができます。さらに、「カラーとトーン」で、生成されるベクター画像の色調や雰囲気を調整することも可能です。
そして最も重要なのが「プロンプト」です。AIにどのようなベクター画像を生成してほしいかを具体的に伝えるための指示文ですね。アドビの公式なガイダンスによれば、効果的なプロンプトを作成するためには、いくつかのポイントがあります。
- 具体的かつ詳細に記述する:最低でも3単語以上を使用し、「生成して」や「作って」といった言葉は避けます。「猫」ではなく、「窓辺に座り、街並みを眺めるふわふわの猫のベクターイラスト」のように、被写体、状況、スタイルを明確に記述します。
- アートスタイルを指定する:(スタイル参照機能を使わない場合)「フラットデザインのベクター」「ラインアート」「幾何学的なスタイル」「カートゥーン調」など、具体的なベクタースタイルを指示します。
- 色を指定する:「青と黄色で」「モノクローム」「パステルカラーのパレット」など、希望する色合いを伝えます。
- ディテールのレベルを制御する:「シンプル」「詳細に」「ミニマル」といった言葉で、描き込みの度合いを調整します 12。
- 反復と改良を重ねる:AIによる生成は、多くの場合、試行錯誤のプロセスです。最初から完璧な結果が出なくても、プロンプトを少しずつ変えたり、設定を調整したりして、理想のイメージに近づけていくことが大切です。

正直なところ、私自身もまだプロンプトのコツを完全に掴めたわけではありません。「もっと情報が出てくると精度が上がると思う」というのが実感です。しかし、この試行錯誤の過程こそが、AIとの共同作業の面白さであり、新たな発見に繋がるのだとも感じています。コミュニティで情報交換が活発になれば、より効果的なプロンプトのノウハウが共有され、誰もが精度の高いベクター生成を行えるようになる日も近いでしょう。
実際に試してみよう!Fireflyでベクターアイコンを生成 (💡解説動画挿入推奨)
百聞は一見にしかず。実際にFireflyのWebアプリでベクター画像を生成してみましょう。ここでは、趣味のブログで使えそうなシンプルなアイコンを作成する過程を追ってみます。
- Fireflyにアクセスし、機能を選択:まず、Adobe FireflyのWebサイトにアクセスし、「テキストからベクター生成」モジュールを選択します。
- プロンプトの入力:今回は「コーヒーカップのシンプルなフラットデザインアイコン、白背景」と入力してみました。
- コントロールの設定:「コンテンツタイプ」は「被写体」を選択。特に複雑なエフェクトは不要なので、エフェクトは「なし」に近い設定に。スタイル参照も今回は使用しません。
- 生成と確認:「生成」ボタンをクリックすると、数秒で4つのバリエーションが提示されました。シンプルな線で描かれた、なかなか良い雰囲気のアイコンが出てきました。
- 微調整と再生成(任意):もし最初の結果がイメージと異なれば、プロンプトを「温かい飲み物が入ったコーヒーカップのアイコン、ミニマルスタイル、青色」のように少し具体的に変更したり、コントロールを調整したりして再生成します。

この一連の作業が、すべてWebブラウザ上で完結するのは本当に手軽です。以前ならIllustratorを起動し、ペンツールでパスを引いて…という作業が必要だったものが、ほんの数分で形になるのですから。今回のアップデートでイラストレーターを起動することなくベクター画像が生成できるのは本当に助かります。特に、ちょっとしたアクセントや、アイデアのたたき台が欲しい時には、このスピード感は大きな武器になるでしょう。
生成したベクターはIllustratorでさらに磨き上げる
Fireflyで生成したベクター画像は、それだけで完成ではありません。より高度な編集や調整を加えたい場合、Adobe Illustratorとの連携が非常にスムーズです。
Fireflyで生成されたベクター画像は、SVG(Scalable Vector Graphics)形式でダウンロードできます。SVGは標準的なベクター形式なので、Illustratorで問題なく開くことができます。さらに便利なのは、Fireflyの画面から直接「Illustratorで開く」オプションを選択できることです(Illustratorがインストールされている場合)。
Illustratorに取り込んだ後のメリットは計り知れません。
- 編集可能:Fireflyが生成するベクターは、基本的に編集可能な状態で出力されることを目指しています。Illustratorでは、アンカーポイントやパスを一つ一つ精密に調整したり、形状を自由に変形したりできます。
- 自由なカラー調整:色を細かく変更したり、複雑なグラデーションを適用したり、Illustratorの「オブジェクトを再配色(Generative Recolor)」機能を使ってAIによる新たなカラーバリエーションを試すことも可能です。
- 構造的な変更と組み合わせ:要素を追加・削除したり、他のアートワークと組み合わせたりと、デザインの自由度は無限大です。
- 整理されたデータ構造:Fireflyは、生成するベクターデータの要素を論理的にグループ化して出力することを目指しているため、Illustratorでの編集作業が格段に行いやすくなります 10。例えば、木のイラストであれば、幹、枝、葉などが適切にグループ化されているイメージです。
- 高品質な描画:Fireflyのベクターモデルは、編集可能なグラデーションや、滑らかで正確な曲線、シームレスにタイル可能なパターンなどを生成する能力も備えています。



このように、Fireflyでアイデアの種を素早く生成し、Illustratorで細部を磨き上げてプロフェッショナルな作品に仕上げるという、「AIによる支援と人間による洗練」という理想的なワークフローが実現します。これは、AIがクリエイターの創造性を奪うのではなく、むしろ拡張してくれる良い例と言えるでしょう。
Fireflyのベクターアップデートでどうなる?
Adobe FireflyのWebアプリケーションに搭載されたベクター生成機能は、デザインの世界に新たな可能性をもたらします。デザイン経験の浅い方にとっては、専門的なスキルなしに高品質なベクターグラフィックを作成できる画期的なツールとなるでしょう。一方、経験豊富なクリエイターにとっても、アイデア出しの高速化、アセット作成の効率化、そして何よりも「Illustratorを起動せずに手軽にベクターを試せる」という利便性は大きな魅力です。
アドビが一貫して重視している「商業的に安全(Commercially Safe)」なAIモデルであるという点も、安心して利用できる大きなポイントです 1。
プロンプトの技術は、まだ発展途上であり、私たちユーザー自身もAIとの対話方法を学んでいく必要があります。しかし、この新しいツールが、私たちの表現の幅を広げ、クリエイティブな挑戦を後押ししてくれることは間違いありません。アドビはFireflyを「イノベーションは旅である」と表現しており 17、今後もさらなる進化が期待されます。
このアップデートは、単なる機能追加ではなく、クリエイティブな作業のあり方そのものを変革する可能性を秘めています。AIが生成したものをベースに人間が手を加える、あるいはAIに指示を与えて共同で作品を作り上げる。そんな新しいクリエイションの形が、ますます身近なものになっていくのを感じます。ぜひ、このエキサイティングな新機能を体験し、ご自身のクリエイティブ活動に活かしてみてはいかがでしょうか。
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